投資家から見た企業の公募増資と売り出しについて

 

今回は、以前、Instagramに投稿した内容をもう少し踏み込んでコメントしたいと思います。

元証券会社の法人マンの見解です。

 

SNSなどの影響力が大きくなったせいか、公募と売り出しの違いなどが正確に理解されていない印象があります。企業が公募増資や売り出しを決定するとすぐにネガティブな株価変動になることが少なくありません。交通整理しながら、ケーススタディを見てみたいと思います。

 

最近の事例では、公募で楽天グループ(4755)、売り出しでソシオネクスト(6526)が挙げられます。

 

まず、

 

「公募(増資)」とは?

 

 新株発行を伴う資金調達です。株数が増加するので、利益水準が同じなら、一株当たりの価値は希薄化します。(株価下落につながる可能性があります)新株発行が伴うかどうかがポイントです。また、公募の場合は、資金の使途が重要となります。将来の利益増加が期待できる企業買収や新設工場への設備投資などなら好意的に受け止められる可能性がありますね。

 

 

「売り出し」とは?

 

 既存の株主が保有株を放出して、新たな株主に割り当てること。新株発行は伴いませんので、一株当たりでも企業価値に変化はありません。株価には、基本的にニュートラルです。寧ろ、投資家層が広がる点などから、流動性が高まるというメリットもあります。かつての政府保有のNTTやJT、JRの売り出しの事例が参考になりますね。

 

 

さて、最近の公募の事例として、楽天グループ(4755)を考えてみます。

 

 同社は、2023年5月中旬に公募増資と第三者割当増資を行い、2,900億円強の資金調達を行いました。資金使途は、運転資金確保と財務基盤の健全性を高めるためとされています。

が、私的には、楽天モバイルの運転資金の穴埋め、高いコストの社債償還の資金手当に感じてしまいます。前述の通り、新株発行によって、一株当たりの企業価値が希薄化しても、それ以上のリターンを生じる投資先に資金投下できれば、将来的に株価上昇につながるのですが、現時点での株価推移を見る限り、厳しい評価になっているようです。

 

また、先日、楽天銀行が上場しましたが、加えて、楽天証券の上場申請も行われました。親子上場に対する評価が厳しくなってきている昨今、これらの財務戦略も評価が分かれそうです。

 

(楽天グループ株価推移)

公募増資の発行価格は、566円です。

 

3月末:614円

4月末:675円

5月末:576円

6月末:499円

7月10日:538.3円

7月11日:536.8円

7月12日:535.8円

7月13日:546.1円

 

【投資家目線だと(やや極端ですが)】

 

◆楽天モバイルの不振を補うためだけでは?

◆資金繰り(社債償還手当)のためでは?

◆企業価値を増大させる増資なのか?

◆楽天銀行、楽天証券は、優良子会社で上場させない方が良いのでは?

◆子会社上場は、親子上場で、現在の流れに逆行するのでは?

◆子会社の株主(楽天銀行、楽天証券)になっても、株式交換で親会社の株に変わるリスクは?

 

 

同社の米ドル建て社債のクーポンは、10.25%のものもあり、来年以降、償還が続きます。

グループの優良企業である楽天銀行、楽天証券の上場も資金繰り対策に見えてしまいます。

 

将来に向けた財務戦略、企業戦略の明確化が株価上昇には、欠かせないのですが、残念ながら、今のところは、公募価格を下回り、教科書通りの株価推移のように感じます。

 

今後の事業戦略の展開で、公募価格を上回る株価になることを期待したいと思います。

 

 

続いて、半導体関連企業のソシオネクスト(6526)の売り出しのケースです。

 

 昨年、新規上場した同社は、右肩上がりで株価が上昇し、特にGW以降の株価上昇は目覚ましいものがありました。先日、大株主のパナソニック、富士通、政策投資銀行の全株式を海外で売り出しするというIR(投資家向け情報)がありました。多くの場合、上場に際し、大株主は、180日程度のロックアップ(売約制限)があり、それをクリアしたタイミングでの報道でした。蛇足ですが、VC(ベンチャーキャピタル)の場合は、未上場企業に投資し、上場後に資金回収するモデルですから、売却されることは想定済みの場合がほとんどです。

 

その結果、翌営業日は、ストップ安(制限値幅まで売られる)という事態になりました。更にその翌営業日は、反発したものの、寄付きはやはり大幅安となりました。

売り出し価格の決定日が7月11日から13日の間ということで、それまでは不安定な株価推移となりました。

 

前述の通り、売り出しは、株式の希薄化を伴いません。企業価値は変わらないので、株価にはニュートラルのはずでした。しかし、有名な安定株主と思われた大株主が全株、売却するというインパクトから、株価は大幅安となりました。その後も売り出し価格が決まるまで、不安定な値動きとなりました。

 

 

(ソシオネクストの株価)

売り出し価格は、7月11日、14,668円で決まりました。

当日の終値を4%下回る水準です。(売り出しでは一般的です)

 

3月末:9,730円

4月末:11,260円

5月末:16,760円

6月末:20,870円

7月10日:16,470円

7月11日:15,280円

7月12日:15,000円

7月13日:16,010円

 

《最高値:6月21日:28,330円》

 

半月足らずで40%以上の急落でした。

現状は、徐々に売り出し価格に収斂しつつあります。

 

【投資家目線だと(やや極端ですが)】

 

◆安定株主3社ともが全株売却するインパクトは大きい

◆半導体産業は国策のはずなのに海外で売り出し?

◆政策投資銀行の判断は、政府の意向が反映しているのでは?

◆海外での売り出しで、新しい株主が不明?

◆新たな株主は安定株主かどうか?

◆売り出し価格が低くなり、株式も売られるのでは?

◆株価が上昇していたため、売り時と判断されたのかもしれないという不安感

◆含み益が多かったため、我先にと売却に走らねばという投資家心理

 

 四季報などから、パナソニック、富士通、日本政策投資銀行といった大株主を見ると、P社、F社の非中核事業でスピンオフにより設立された経緯があるとは言え、安定株主として長期保有前提の印象を持ちます。このような企業が一斉に全株売却するという判断は、一般投資家にはショッキングに映ったように感じました。また、日本政府が半導体事業の国策化を進める中、海外での売り出し(特定の買い手が決まっているかは、現時点で不明)では、投資家の不安感が増加したことは否めないと思います。もちろん、決まっていても公表できない事情があるかもしれませんが。

 

 

楽 天グループの場合もソシオネクストの場合も、守秘義務があると思われますが、もう少し、踏み込んだIR(投資家向け情報)があったら、投資家の印象が異なったように思います。

 

 いずれにしても、企業の資金調達は、投資家の立場から言えば、新株発行で株主の権利が希薄化するかどうかがポイントです。繰り返しになりますが、短期的に希薄化があっても、その資金が有効に投資され、株主に希薄化以上のリターンが生じれば、株価にはプラスに働きます。

 

公募増資や第三者割り当て増資の他にも、CB(転換社債)、WB(ワラント)なども希薄化が考えられますね。

 

 それとは、別に今回のソシオネクストの売り出しの場合は、複数の大株主の全株売却というインパクトが株価にネガティブな影響を与えました。但し、基本的には、売り出しである以上、株主の異動でしかありません。

 

 

次回は、「私なりの信用取引の活用法」の予定です。

 

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